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インタビュー

歩行補助シューズから健康支援を
早稲田大学田中教授のフロンティアマインド
早稲田大学理工学術院 田中 英一郎教授

早稲田大学理工学術院 大学院情報生産システム研究科 生産システム分野

田中 英一郎教授

 

1972年生まれ。兵庫県立長田高校卒、東工大院博士課程修了。博士(工学)。

2003年まで(株)日立製作所機械研究所研究員、その後、都立航空高専・広島大・芝浦工大・埼玉大を経て、2016年より現職。

機械要素学、機構学、機械設計、福祉工学が専門。

麻痺患者向け歩行補助ロボットRE-Gait®や作業者向け持ち上げ補助スーツe.z.UP®を製品化し、経産省ものづくり日本大賞優秀賞、日本機械学会賞、日本ロボット学会実用化技術賞、他多数受賞。

JSME(日本機械学会)フェロー。JSRMR(日本再生医療とリハビリテーション学会)理事。
IEEE、RSJ、SICE、SOBIM、JSDE、JSWE、IFToMM等の会員。

「学生が作っているので出来はまだまだですが、日常使いしやすい歩行補助シューズを開発しました」

このように謙虚に語るのは早稲田大学の田中英一郎教授である。
早稲田大学理工学術院(大学院情報生産システム研究科)の田中英一郎教授は、麻痺患者や歩行が困難な高齢者が自らの足で再び歩く希望を持てるように、使いやすく安全な歩行補助ロボットの開発に取り組んでいる。

これまでまさに補助ロボットともいえるような歩行困難者に対してのサポートとなるような大型装置を開発してきたが、今回は約500gの超小型軽量歩行補助を実現したという[1] [2]。
実際の見た目も普通の靴と大差ないくらいまで来ている。どんな特色があるのか迫った。

ハプティック式歩行誘導による運動促進効果とは

田中
「振動スピーカーを用いたハプティクス [3] を利用して歩行運動を誘導することに特徴があります。単純に震えるだけでなく、あたかも押されるような感覚がして地面を蹴らないといけない、もしくは足を上げないといけない感覚になるのです。」

提供:田中教授

振動するスピーカーを足の裏の親指の付け根と足の甲の骨に当てておくと、ふわふわなクッション性から生み出される振動により、確かにぐっと足を上げなければならないという感覚に陥る。

技術的なお話をすると、歩き方で2か所につけられている圧力センサの高低が変化し、踵(かかと)離地だと蹴るように振動スピーカーが下向きに押し、爪先(つまさき)離地だと振動スピーカーが上向きに押すことでしっかりとした歩行ができるように誘導されるという仕組みである。

ハプティクスを足の底背屈誘導に利用/提供:田中教授

歩行時の圧力変化(赤:圧力大,緑:圧力小)と各補助のタイミング/提供:田中教授

各歩行位相での振動スピーカの動作/提供:田中教授

 

田中
「20代でも80代でも『イチ・ニ・イチ・ニ』という歩くリズムは変わりません。ただ高齢者になるとつま先を上げにくくなり、転倒しやすくなってしまう。転倒しないようにして歩行量を増やして少しでも健康になる一助になればと考えています。」

これだけでも結構画期的ではあるが、実は狙っている効果はこれだけではないという。

田中
「寝たきりになったら家族に迷惑かけると考え、頑張ろうとしても歩行は飽きが来るのでいかに継続的に歩いてもらうかが重要です。研究室内で開発中のシステムでは、自動的に歩くペースを認識して、それよりも少し早く歩くよう促す機能 [4] や、感情・筋疲労状態をリアルタイムに評価して装置を自動的に制御する機能 [5] が付いていたり、ウェアラブルモニターを装着し仮想現実(VR)や拡張現実(AR)を利用して、スーパーマリオのようにジャンプしてコインを取れるような仕組み [6] も導入しており、歩行に対するモチベーション維持に役立てています。」

体力に影響が出ない範囲でいかに歩いてもらうかの工夫が随所になされている。

ウェアラブルモニターを装着し仮想現実(VR)と拡張現実(AR)を活用した例 [6](開発中)/ 提供:田中教授


 

徹底的なマーケットイン思考

確かにこれだけ工夫されていると、転倒しないように歩いた結果、健康寿命が伸びそうな気はする。しかも大学で作っているので、最新技術を使って作りたいものを作るプロダクトアウト型開発のイメージがあるが、開発の仕方も全くイメージとは異なる。

田中
「インクルーシブデザインと呼ばれる手法で、お医者さんとか患者さんとか実際の利用者を巻き込んで開発しています。実際に何百万円もする製品だと買い手側からすると採算が合わなかったりするので、今回は極力低コストでできるように工夫しました。また特に女性を中心に見た目に気を遣う声も多数あったので、効果があって通常の靴と大差ないようなシンプル化をどう実現するかにこだわりました。」

このような歩行補助装置の開発に取り組む背景は田中教授の経歴変遷から来るものだという。

田中
「私自身が元々、日立製作所の機械研究所研究員なので、人に利用してもらえるものを作りたいという考えが強いです。当大学院でも麻痺患者に向けての歩行補助機を複数開発してきました。ただ歩行補助を必要としている人はフレイル予備軍も含めると1,500万人以上はいます。まだ病気ではない方にしっかり運動してもらうことで少しでも長く健康状態を保っていただきたいと思います。」

田中氏は企業研究機関にいたからこそ実用的な感性も持ち、そこから大学に移ることで短期的ではなく長期的に世の中にこれから求められる製品とは何か腰を据えて考えることができている。

また田中氏の祖母が90代にも関わらず歩行トレーニングをしており、身近な方への健康を願うからこそ、このようなモチベーション補助も付与した軽量の歩行補助サポートを発明できたのかもしれない。

もう一度世の中に広まるプロダクトを

田中教授の奥底に秘めた想いや野望もまた大きいものである。

田中
「日本のものづくり大国を守りたいとも考えています。早稲田大学創設者の大隈重信先生同様に私は実学を大切にしていきたい。もう一度RE-Gait® [7] やe.z.UP® [8] のような実用的で皆に使われる商品を世の中に披露していきたいです。直近では、新たな製品化プロジェクトが走っており、この数年内にプレスリリースする予定です。」

片麻痺患者の歩行訓練用歩行補助装置RE-Gait®は、広島大学の弓削類名誉教授との共同開発により作られた製品で、ものづくり日本大賞優秀賞や日本機械学会賞等も受賞され、1,000名以上の患者さんに利用されているものだ。

また、RE-Gait®の開発時に病院に通っているときに気づいたのは、患者ファーストであっても現場の介護スタッフや家族もかなり大変であることだ。そのため、持ち上げ動作補助スーツe.z.UP®を株式会社Asahichoと製品化し、こちらも日本機械学会賞他多数受賞され、介護だけでなく工場や建設、流通など様々な現場で使用されている。

最近は、情報系に興味が多い学生も増えているそうだが、日本の強みは1つの正解を追求する、ものづくり技術にこそある。

大学だと論文研究の質が重要だと見なされがちではあるが、田中教授は民間出身だからこそ広く世の中の役に立つものを開発したいという想いが強いことがかいまみることができた。

そしてこれからも、新たな1ページが、書き綴られていくことだろう。

早稲田大学 理工学術院 大学院情報生産システム研究科
住所:福岡県北九州市若松区ひびきの2-7
URL:https://www.waseda.jp
https://tanakae.w.waseda.jp(田中研究室)

参考文献

[1] Eiichiro Tanaka, Keisuke Osawa, Jyun-Rong Zhuang, Xiuyuan Wu, Yifan Hua, Kei Nakagawa, Hee-hyol Lee, Louis Yuge, Development of Walking Assistance Devices Considering the Users’ Psychological and Physical Status, The 16th IFToMM World Congress (WC2023), pp. 152-162, (2023).

[2] 運動促進用超小型軽量ハプティック式歩行補助シューズ,早稲田大学新技術説明会,https://shingi.jst.go.jp/list/list_2023/2023_waseda.html#20230725P-003

[3] Tanabe, et al., Properties of proprioceptive sensation with a vibration speaker17 type non-grounded haptic interface, IEEE Haptics Symposium, pp. 21-26, (2016).

[4] Ming-Yang Xu, Yi-Fan Hua, Yun-Fan Li, Jyun-Rong Zhuang, Keisuke Osawa, Kei Nakagawa, Hee-Hyol Lee, Louis Yuge, Eiichiro Tanaka, Development of an Ankle Assistive Robot with Instantly Gait-Adaptive Method, Journal of Robotics and Mechatronics, Vol. 35, No. 3, pp. 669-683, (2023).

[5] Yunfan Li, Yukai Gong, Jyun-Rong Zhuang, Junyan Yang, Keisuke Osawa, Kei Nakagawa, Hee-hyol Lee, Louis Yuge, Eiichiro Tanaka, Development of automatic controlled walking assistant device based on fatigue and emotion detection, Journal of Robotics and Mechatronics, Vol. 34, No. 6, pp. 1383-1397, (2022).

[6] Chang-Wen Wang, Han Zhang, Keisuke Osawa, Eiichiro Tanaka, Development and Application of an Exercise-promoting System for the Elderly with Gait Indicator, WAC2024, under review, (2024).

[7] 医工連携により開発 超小型軽量の歩行支援ロボット,https://www.waseda.jp/top/news/45303

[8] 1分で装着可能、腰だけでなく腕の負担も軽減する補助スーツを開発,https://www.waseda.jp/top/news/61668